2018-10-15

1分間瞑想①



質 問

瞑想会ではみなが瞑想していますから瞑想しやすいのですが、自宅に帰り、日常の忙しい生活に戻ると、気づきと静寂を保つことができなくなります。

どうすれば日々の忙しい生活のなかで瞑想することができるでしょうか?




A:回 答――グナラタナ長老

「気づき(マインドフルネス)」を保つ方法のひとつとして、ペースを落とし、スローモーションで生活することがあります。

スローモーションを実践することは、お寺にいるときでも、自宅にいるときでも、どこでも実践できるでしょう。

人は世界平和を築くことについてよく語りますが、心に平和を築くこと――心を健全で穏やかにすること――に関心をもつべきです。こうした善い心は、気づきから生まれるのです。

職場にいるときや静かな場所で長い時間坐ることができないときには、数分だけでも気づきを実践するとよいでしょう。

だれでもできる実践法があります。私はこの方法をすすめています。

1日のなかで1時間ごとに、1分間だけ気づきの実践をするのです。59分間はいつもどおりに仕事をし、1分間休憩をとって、心を呼吸にしっかりと集中させるのです。 

できれば、目を閉じてください。

忙しいオフィスでデスクワークをしている場合は、目を開けたまま前方の一点を見つめるとよいでしょう。 そのまま静かに心のなかで呼吸を15回数えます。そうするとだいたい1分くらいたっているでしょう。

その1分間は将来の計画をたてたり、何かを考えたりしないでください。思考から完全に心を解き放つのです。

2018-10-12

「善悪」とは? ①‐2


仏教の「悪」の定義



「悪」の定義は何でしょうか?
それは、「自分と他の生命にたいして迷惑な行為をすること」です。

ここで理解してほしいのは、仏教では対象は「自分」と「他の生命」だということです。自分に迷惑な行為をすることも、悪であり罪なのです。


皆さんは他の生命をいじめることは罪だと知っているでしょう。自分で自分をいじめたり害を与えたりすることも罪なのです。


このように、仏教の悪の定義とは自分と他の生命に迷惑をかけることです。仏教心理学から、この定義を設定しているのです。


すべての生命は、自分のことしか知りません。自分のためになるならば、どんな行為も正しいと思っています。自分の命を守るためなら、他の命を奪ってもよいと思っているのです。自分という殻の中での判断です。


そこで、「自分と他の生命の迷惑になる一切の行為は悪である」と理解して、迷惑をかけないように生活してみると、自分という殻が破れて、人間的に成長するのです。







悪と不善の違い



ブッダは「十不善(dasa akusala)」のリストを教えました。ここで十不善(dasa akusala)は悪(pāpa)ではなく、不善(akusala)という言葉になっていることに注意してください。


2018-10-09

「善悪」とは? ①‐1


まず善悪の勉強から始める

私たちは善と悪について新たに理解すべきです。みながよく言っている「世界は悪(善)で満ちている」などのセットフレーズに乗るのではなく、実際に「善とは何か、悪とは何か」をちゃんと理性で理解したほうがよいのです。

仏教では、善には二種類あり、悪には二種類あります。それぞれどのような意味なのかを学んでみましょう。


・Puñña(プンニャ)


Puñña は普通の日本語にすれば、「功徳」や「善い行ない」です。

寄付をする、ボランティア活動をする、困っている人々を助ける、道徳を守る、海岸や街をキレイにする、海外ボランティアで植林や井戸掘りに従事するなどの行為です

自分と家族が生きるために行なう活動と違って、他の生命の幸福のために行なう行為です。