2026/10/10

苦しみを解き放つ:『身体の苦しみの手放しかた:輪廻からの解放へ』より

 

「第4章 互いに依存し合う心と身体」より

ブッダは、身体の苦しみから逃れることができる、と説かれました。


実際のところ、身体から物理的に逃げることはできません。
また、身体を洗ったり浄めたりしても、身体の苦しみから逃れることはできません。


身体の苦しみから逃れるためには、
まず身体とは本来どのようなものか、どのように成り立っているのか、
「私」と呼ばれるものがどのように構成されて働いているのか、
ということを観察して、理解しなければならないのです。


さらに、心を清らかにする必要があります。

身体への執着を手放し、怨みや欲、貪りなど煩悩を取り除き、
渇愛を根こそぎ断ち切らなければならないのです。


このようにすれば、身体の苦しみだけでなく、心の苦しみ、
そして輪廻のあらゆる苦しみから脱出する
ことができるでしょう。


『身体の苦しみの手放しかた:輪廻からの解放へ
Nandivisāla Sutta(ナンディウィサーラ経)』より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)

Sabbe sattā bhavantu sukhitattā


2026/10/03

自分中心にものごとを見ない『ウペッカー〈こころの平穏〉:偏見を超え、客観的に見る智慧』より

 

  

「第4章 ウペッカーの育て方」より


(5)自分中心にものごとを見ない


まず、なんでも自分中心にものごとをとらえる癖を手放してみましょう。

「自分」というフィルターを一度外し、落ち着いて、客観的に観察してみるのです。

その力を育てることが大切です。


また、なんでもかんでも自分のこととして受けとるのをやめ、必要なものだけを受けとるようにしてください。


世の中にはネネガティブな言葉や不必要な情報、こころを乱す過激なニュースがあふれていますから。


あれもこれも自分のこころに引き入れて、悩みや問題を増やしてしまわないよう気をつけてください。


『こころの平穏 - ウペッカー〈upekkhā〉
 偏見を超え、客観的に見る智慧』

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā

2026/09/26

外れた道『涅槃への道を妨げるもの:老いない経(ナジーラティ・スッタ)』より

 


何が「外れた道」と言われるのでしょうか?


ブッダは、「貪欲(rāga:ラーガ)が外れた道である」とおっしゃいました。


「外れた道」とはどのような道でしょうか?


歩むべき道とは異なる道のことです。


私たちは道をまっすぐに進もうとしますが、その途中で何かに妨げられたり、迷ったり、別の方向へ行ったりなど、なにかしらの理由で進むべき道から逸れてしまうこともあるでしょう。仏道から逸れ、涅槃への道を歩むことから逸脱してしまうのです。


仏道だけでなく、世の中で何かを成し遂げようとしているときにも、同じことがいえます。たとえば仕事で何かプロジェクトを立て、目的に向かって実行しているとしましょう。

その途中で何か別のことに欲が出て、興味が移り、それにとらわれ、引きずられるとどうなるでしょうか?


もともとの目的から外れて、別の方向へ逸れてしまいますね。

このように、欲は仏道だけでなく、世俗的な成功からも逸脱させるのです。


『涅槃への道を妨げるもの:老いない経(ナジーラティ・スッタ)』より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā