2019-09-01

自我の値

「慢」とのつき合い方②-2
つづき
執着するのは私たちが価値を入れたときです。価値はプラスであってもマイナスであっても、執着です。どちらも執着なのです。

たとえば、公園で捨てネコを見つけたとしましょう。捨てネコですが、こちらに寄ってきて、なきながら手をなめたりすると、「なんてかわいいか。でも首輪がない。かわいそうに。捨てられたんだ。家で飼ってあげよう」と、プラスの価値を入れますそれで家に連れて帰り、エサやミルクをあげ、かわいがるのです。

2019-08-24

なぜ人のあいだに「差」があるのか?| 業(カルマ)と心の向上『小業分別経』②(note)





2019/08/24 08:26

 チャンディマ・ガンゴダウィラ長老 法話
「人のあいだにはどうして差があるのでしょうか?
 どのような原因や条件でそうなるのでしょうか?
 世の中には短命な人がいて、長命な人がいます。
 多病な人がいて、健康な人がいます。
 醜い人がいて、美しい人がいます。
 影響力のない人がいて、影響力のある人がいます。
 貧しい人がいて、富裕な人がいます。
 低い家系の人がいて、高い家系の人がいます。
 愚かな人がいて、智慧のある人がいます。
 なぜ、このような差があるのでしょうか?」

 スバ青年の質問に、ブッダは次のように説かれました。
 (本文より)
仏教誌『Paṭipadā(パティパダー)』8月号(1冊600円)の「翻訳」欄に掲載された、チャンディマ長老の法話記事(連載)です。(一部、修正しています)
***************


ごまかさずに、自分を正直に観ることができるか?

もうひとつ、「業」に関して気をつけるべきことがあります。
「業」とは、「意思による行為」のことです。身体(身)と言葉(口)と心(意)で、意図的に行なう行為のことです。ここに、注意しなければならないことがあります。なんでしょうか?
続きはこちら(note)です。

2019-08-07

価値と執着

「慢」とのつきあい方②-1
つづき
私たちは何にでも価値を付けたがります。自分だけでなく、何にたいしても価値を付けたがるのです。価値を付け、そして対応します。これが人の基本なのです。

いつでも、どんなものにも価値を付けたがります。簡単に言えば、値札を付けるのです。

ときどきガラクタのようなものにも「骨董品」とか「美術品」として何百万円、何千万円もの高価な値札を付けています。そしてそれを保存するために、美術館の頑丈なガラスケースに収め、空調までコントロールして、相当なお金をかけて大事に扱っているのです。


反対に、「価値がない」と見ると、それにたいして無関心になります。たとえば、道路に1円玉が落ちているとしましょう。このとき、「1円玉が落ちている」と思うかもしれませんが、1円玉に価値は入れていませんから、だいたいは無視して通り過ぎていきます。


でも、もし1万円札が落ちていたらどうするでしょうか? 足が止まるのです。

2019-08-02

業(カルマ)と心の向上『小業分別経』①(note)

Photo by utsubo_lab. 
チャンディマ長老による業と心の向上『小業分別経』


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老 法話

『Paṭipadā(パティパダー)』7月号(1冊600円)の「翻訳」欄に掲載された、チャンディマ長老の法話(連載)す。
今号では、多くの人が「業(ごう)に関して抱いている誤解と、その危険性、業を正しく理解することの大切さ」についてのお話です。
*************** 
もし、ブッダが教えた業(ごう)を正しく理解できたなら、心に差別感情は生まれません。反対に、「人や生命に差はあるけれども、業の観点から見れば、みな平等である」ということが理解でき、心に慈しみが生まれてくるでしょう。
生命を平等に見る穏やかな世界が現れるのです。(本文より)


 業(ごう)に関する誤解

今回は、ブッダが説かれた「業(ごう)」についてお話いたしましょう。業は、すべての生命が持っているものです。サンスクリット語ではkarma(カルマ)、パーリ語ではkamma(カンマ)と呼ばれています。

みなさんは「業」と聞くと、どのようなイメージがありますか?
「業はすでに定められている運命のようなもので、自分の力では変えられないものだ」
とネガティブなイメージを持っている方が多いようです。
たとえば、
・「Aをしたら、かならずBという結果を受ける」
・「いまBという結果を受けているのは、過去にAという行為をしたから      だ」
などと固定的に見ているのです。
では、ブッダが教えた「業」とはどのようなものでしょうか?
続きはこちら

2019-07-31

ebooks

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老 (著) 出村佳子(訳) 2019-04-05
 



業(カルマ)と心の向上『小業分別経』
チャンディマ・ガンゴダウィラ長老 (著) 出村佳子(訳)








チャンディマ・ガンゴダウィラ長老 (著) 出村佳子(訳)





☆仏教誌『Patipada(パティパダー)』にて、チャンディマ長老の法話『業と心の向上――小業分別経』を連載させていただいております。
そのお礼もかねて、こちらの電子書籍の収益を(手数料など諸経費を差し引くと、わずかではありますが)、チャンディマ長老にお布施しております。
ご購読くださったみなさまに、心よりお礼申し上げます。
お幸せでありますように。
生きとし生けるものが幸せでありますように。

著者プロフィール


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(
Bhante. Dr. G. Chandima)

テーラワーダ仏教長老。
2008年、スリランカの国立スリジャヤワルダナプラ大学で、学士号(優等学位)を取得。人文社会科学部において最優秀者賞を受賞。2015年、博士号を取得。
カナダに渡り、ブリティッシュコロンビア大学で4年間、仏教チャプレンを務め、さらにヴィクトリア大学で教鞭を執る。
現在、カナダのオタワ・テーラワーダ・ブッディストヴィハーラに在住。カナダを中心に、イギリスのケンブリッジ大学、アメリカ、マレーシア、タイ、スリランカの大学や寺院で、講義や法話をおこない、ブッダの教えを伝え続けている。

2019-07-24

妄想をやめると智慧が現れる

人生改良計画⑤-2

瞬間瞬間、自分に起きているできごとを観察すると、妄想が消えていきます。妄想ができない状態になり、それで智慧が見事に現れるのです。

これまで「智慧」という言葉を使ってきましたが、智慧とは一体どのようなものでしょうか? 智慧があるとはどういうことでしょうか?