2026/09/26

外れた道『涅槃への道を妨げるもの:老いない経(ナジーラティ・スッタ)』より

 


何が「外れた道」と言われるのでしょうか?


ブッダは、「貪欲(rāga:ラーガ)が外れた道である」とおっしゃいました。


「外れた道」とはどのような道でしょうか?


歩むべき道とは異なる道のことです。


私たちは道をまっすぐに進もうとしますが、その途中で何かに妨げられたり、迷ったり、別の方向へ行ったりなど、なにかしらの理由で進むべき道から逸れてしまうこともあるでしょう。仏道から逸れ、涅槃への道を歩むことから逸脱してしまうのです。


仏道だけでなく、世の中で何かを成し遂げようとしているときにも、同じことがいえます。たとえば仕事で何かプロジェクトを立て、目的に向かって実行しているとしましょう。

その途中で何か別のことに欲が出て、興味が移り、それにとらわれ、引きずられるとどうなるでしょうか?


もともとの目的から外れて、別の方向へ逸れてしまいますね。

このように、欲は仏道だけでなく、世俗的な成功からも逸脱させるのです。


『涅槃への道を妨げるもの:老いない経(ナジーラティ・スッタ)』より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā

2026/09/19

欲から離れる思考(離欲の思考)『正思惟〈Sammā Sankappa〉:欲・怒り・害意の手放し方―八正道②』

  

「欲から離れる思考(離欲の思考)」より


欲から離れるにはどうすればよいのでしょうか?


まずは、欲に「気づく」ことです。

欲が生じたとき、それに注意を向けてください。

欲はたいてい自然に生じていますから、人は通常、欲があることに気づいていません。


そこで、「欲に意識的に気づく」ようにします。

モノやお金、名声、他人の評価、社会的地位、情報(インターネット)など、さまざまなものにたいして欲を抱いていることに気づくのです。


気づけば、欲があることを理解でき、不必要な欲を手放すことができるでしょう。


不必要な欲を手放せば、こころが軽くなり、本当の幸せに近づくことができます。


このようにして、欲から離れる実践ができるのです。


正思惟〈正しい思考:Sammā Saṅkappa〉
欲・怒り・害意の手放し方―八正道 ② より
チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā

2026/09/05

ひとりひとりがつくる世界―主観・偏見・先入観『正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ① 』より



人は誰でも自分なりの「見方」を持っています。

言い換えれば、偏見や先入観、固定観念といった「自分を中心としたフィルター」を通して世界を見ているということです。


親や周りの人から受けた影響、生まれ育った環境、文化、伝統、仕事、教育、これまでの経験、自分の好みなどを通して、ものごとを判断し、意味づけし、処理しています。

さらに、「自分が見ている世界こそが真実であり、正しい」とも思っています。


そこからさまざまなトラブルが起こるのです。


実際のところ、ものの見方は人それぞれです。

自分の見方と隣の人の見方は違います。親の見方も、子どもの見方も、兄弟の見方も、自分の見方とは違います。


人はみな、それぞれ自分の見方で世の中を認識しているのです。


誰ひとり、自分とピッタリ同じ認識をしている人はいません。


ですから、自分が見ているように他人は見ていませんし、自分が感じているように他人は感じていません。


ひとりひとり見ている世界や感じている世界は違うのです。


正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ① チャンディマ長老
正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉
ありのままに見る智慧―八正道 ①

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】


Sabbe sattā bhavantu sukhitattā