2026/02/15

「疑」は砂漠で迷っているようなもの:五蓋の対処法『こころの栄養―5つの蓋と7つの悟りの要素〈五蓋と七覚支〉』より

   

第6章 害をもたらす感情「五蓋」の対処法
五蓋のたとえ


⑤「疑」は砂漠で迷っているようなもの


疑(vicikicchā)とは、疑いや迷いのことです。


「疑」のある人は、砂漠で迷子になっている人のようなものです。


砂漠には目印がありません。自分の位置を示すコンパスがないと、どの方向に進めばよいかわかりませんから迷ってしまいます。


「疑」とはこのようなものです。「この道は本当に正しいのか……」「間違っているのではないか……」「あっちの道のほうが正しいのではないか……」などと心が揺れ動き、優柔不断になっている状態です。


これはちょうど砂漠で迷子になっているようなものなのです。


『こころの栄養―5つの蓋と7つの悟りの要素〈五蓋と七覚支〉
 ありのままに見る智慧』
より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)


Sabbe sattā bhavantu sukhitattā


2026/02/07

沈黙:やすらぎをもたらす「正語」とは?『正語〈正しい言葉〉―八正道➂ 』より


  

『第5章 やすらぎをもたらす「正語」とは?より

沈 黙


言葉の側面のひとつ「沈黙」についてお話いたしましょう。


私たちはときどき沈黙の中で過ごすことが大切です。口数が多いことはよいことではありません。なぜでしょうか?


・選択できる


まず、いつも誰かと話していると、こころが落ち着かないからです。

つい余計なことを口走ったり、相手の気持ちを傷つけたり、誰かの悪口を言ったり、うわさ話をしたりする恐れがあるのです。


また、自分をよく見せたい、自慢したい、認められたいがために、話を誇張したり、嘘をついたりする可能性もあります。これは善い行為ではありませんね。


ですから、話さなくてはならない用がないかぎり、沈黙を守ったほうがよいでしょう。

沈黙することで、こうした悪行為を避け、自分や他人を傷つけるのを防ぐことができるのです。


また、外部の情報に振りまわされることなく、自分のこころに耳を傾けることができるでしょう。


話すときは、無駄な言葉を減らし、本当に伝えたいことだけを的確に表現できるようになります。感情的な言動を避けられますから、よりよい人間関係を築くことができるでしょう。


「やすらぎをもたらす正語とは?
正語〈正しい言葉:Sammā Vācā〉
~幸・不幸をつくる言葉の法則 ― 八正道➂より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】


Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā


2026/01/24

2つの喜び『喜び〈Mudita〉ー 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる:嫉妬の手放し方』より

   

第2章 2つの喜び」より


 「喜び」には種類がいくつかあります。

仏教では大きく分けると「ピーティ(pīti)」と「ムディター(muditā)」の2つです。



ピーティ(pīti)

 

まず、「ピーティ」から見ていきましょう。


「喜び」をあらわすパーリ語に「pīti」があります。ピーティは次のように3つに分けることができます。


①一般的な善い喜び

②一般的な悪い(不善の)喜び

③禅定の喜び


わかりやすく言うと、


①善い行為をしたときに感じる喜び

②悪い行為をしたときに感じる喜び

③禅定の喜び

です。


これとは別のタイプのものとして、本書のテーマである「ムディター」があります。

ムディターとピーティは異なるタイプの喜びなのです。


喜び〈Mudita〉 ー 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる:嫉妬の手放し方より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)


Sabbe sattā bhavantu sukhitattā