四聖諦――四つの聖なる真理② からの続き
では、経典に書かれていないダンマをお話ししましょう。
多くの人は経典を読んでいますが、ダンマを見ていません。
重要なポイントを見過ごしているか、あるいは理解していないのです。
四聖諦――四つの聖なる真理 ① からの続き
しかし、人はたいてい「私」という思考に執着しているため、無我を観察したがりません。これが苦しみをもたらすのです。
さて、私は長年ブッダの教えを説いてきましたが、私も私なりにいろいろ苦労を重ねてきました。現在、私の僧院ワット・パー・ポンの別院が四〇ほどありますが、今日になっても、瞑想を学びに来る人のなかには教えるのがむずかしい人がいます。
瞑想法を知っていても瞑想しない人もいれば、瞑想法を知らないだけでなく、見いだそうともしない人もいます。このような人にたいして、私はどうすればよいのかわかりません。
どうして人はこうなのでしょうか? 無知でいることはよいことではありません。そのように話しても、いっこうに耳を傾けません。これ以上、私に何ができるでしょうか。
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『アチャン・チャー法話集』全3巻をすべて訳し終えられたことに、いま、ほっとしております。肩の荷がおりました。
2008年より数年間、『Patipada』誌にてアチャン・チャー法話の翻訳を始め、その後、出版社より翻訳出版のお話をいただきました。
長年、アチャン・チャーの法話に触れてきました。
このように続けてこられたのも、読んでくださる皆さまの、あたたかいお声かけと励ましがあったからこそです。
この場を借りて、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます。
アチャン・チャー法話集 第三巻 『智慧への道――気づきと正知による心の観察』 |
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