2020/02/24

『新しい生き方を切り拓く7つの実践ー小業分別経』


『新しい生き方を切り拓く7つの実践ー小業分別経』チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)が刊行されました。


『新しい生き方を切り拓く7つの実践ー小業分別経』チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)
『新しい生き方を切り拓く7つのステップー小業分別経』
チャンディマ・ガンゴダウィラ長老


物質的な幸せであれ、精神的な幸せであれ、世俗的な幸せであれ、出世間的な幸せであれ、何かしら幸せを享受するためには、心や感情、煩悩を管理することが欠かせません。
怒ったり、嫉妬したり、欲張ったりしない心、そういった善い心や行為によって、私たちはおのずと幸せへと導かれていくのです。

生命を殺すのではなく、慈しむことによって、
生命を傷つけるのではなく、思いやることによって、
怒るのではなく、怒らないことによって、
嫉妬するのではなく、他者の幸せを喜ぶことによって、
物惜しみをするのではなく、施すことによって、
傲慢になるのではなく、謙虚になることによって、
問うべきことを問わないのではなく、問うべきことを問うことによって、
善い原因がつくられ、条件がそろったとき、おのずと善い結果が現れる、とブッダは教えられました。

この因果法則としての〈業の法則〉を理解し、執着のない善い心で、日々淡々と善い行為をおこない、さらに心を清らかにしようと精進するなら、やがて一切の苦しみを乗り越える智慧が現れるでしょう。

【目 次】


はじめに――人のあいだに見られる差


第1章 何が人生をつくるのか?


■ 業〈カルマ〉についての誤解
■ ブッダが教えた「業」とは?
■ 「業」から見れば、人はみな公平
■ ごまかさずに自分を正直に観ることができるか?
■ 「業」とは何か?――その正体
 ・業だけが自分のもの(kammassakā)
 ・業を引き継ぐ(kammadāyādā)
 ・業から生まれる(kammayonī)
 ・業は切り離せない(kammabandhu)
 ・業はよりどころ(kammapaṭisaraṇā)
 ・生命に優劣をつけているのは「業」
 
■ 5つの法則
 ・自然の法則(utu-niyāma)
 ・種子の法則(bīja-niyāma)
 ・業の法則 (kamma-niyāma)
 ・心の法則 (citta-niyāma)
 ・法の法則 (dhamma-niyāma)

■ 身・口・意を管理する


第2章 善い結果に導く7つの実践


1 慈しみの実践
 ・殺生する人
 ・生命を慈しむ人
 ・生きとし生けるものへの慈しみ

2 思いやりの実践
 ・他の生命を害す人
 ・他の生命を害さない人
 ・生命を大切にする心

3 怒らない実践
 ・ささいなことで怒る人
 ・多くのことを言われても怒らない人
 ・穏やかさと忍耐

4 他者の幸せを喜ぶ実践
 ・嫉妬する人
 ・嫉妬しない人
 ・他者の成功を喜び、感謝する

5 施しの実践
 ・施さない人
 ・施す人
 ・与えることで豊かになる

6 謙虚さの実践
 ・傲慢な人
 ・傲慢ではない人
 ・謙虚さを忘れない

7 問うべきことを問う実践
 ・智慧のない人
 ・智慧のある人
 ・最初に問うべきこととは?


第3章 大切なのは、いまの行為


訳者あとがき
著者紹介


【著 者】

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老

Ven. Dr. Chandima Gangodawila


テーラワーダ仏教長老。
2008年、スリランカの国立スリジャヤワルダナプラ大学で、学士号(優等学位)を取得。最優秀者賞を受賞。2015年、博士号を取得。

カナダに渡り、ブリティッシュコロンビア大学で4年間、仏教チャプレンを務め、さらにヴィクトリア大学で教鞭を執る。
現在、カナダのオタワ・テーラワーダ・ブッディストヴィハーラに在住。
カナダを中心に、イギリスのケンブリッジ大学、アメリカ、マレーシア、タイ、スリランカの大学や寺院で、講義や法話をおこなっている。
著書に『幸せへの鍵:慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』『妄想の対処法:マドゥピンディカ・スッタ(蜜丸経)』『業(カルマ)は直線ではないー生き方を変えられるのは、いま:マハーカンマヴィバンガ・スッタ(大業分別経)』(Sukhi Hotu)、英語の著書や論文に “A Critical appraisal of the contribution of Germany and France to Sanskrit studies” “An Annotated Translation Into English Of Ratnamālāvadāna With A Critical Introduction” などがある。



生きとし生けるものが幸せでありますように
Sabbe sattā bhavantu sukhitattā