2019-06-24

生きるとは変化すること

存在の法則

私たちはたいてい無常や変化ということを認めたがらずに、世の中は変化しないでほしいと望んでいます。でも、変化しないことが本当に幸福なのでしょうか? 
赤ちゃんはすごく可愛いでしょう。なぜかというと、すぐに変化するからです。大声で泣いていても、ちょっと抱っこをして背中をなでてあげただけで、すぐにニコニコと笑います。だからやりがいがあるのです。でも、もし何をしても一向に泣きやまなければ、イライラしてうんざりするでしょう。

あるいは、子ども風邪をひいて高熱を出したとします。病院で注射をしても、薬を飲んでも、全然熱が下がらなければ、母親は心配でたまりません。でも、一日ゆっくり寝ただけで熱が下がったら、ほっとします。ですから、無常のほうが楽しいのではないでしょうか。

それから、私たちが楽しんでいる音楽も、無常だからこそ成り立っています。たとえばピアノの鍵盤の、ある1つの音だけをポンポンポンポンポン……と1、2時間ぐらいずっと指で押しつづけてみてください。どうでしょうか。たまらなくイライラしてくると思います。
逆に、10本の指をめまぐるしい速さで動かしてピアノを演奏すると、聴いている人は感動するのです。なぜでしょうか? 無常だからです。つまり、音が急速にテンポよく変化しているからです。このように、音楽も無常だからこそ成り立っているのです。

私たち生命も、無常だからこそ生きています。生きるということは、「酸素を吸う、二酸化炭素を吐く、お腹がすく、ご飯を食べる、眠くなる、寝る、目が覚める、顔を洗う、喉が渇く、水を飲む、仕事をする、人と喋る、疲れる、休む、またお腹がすく、ご飯を食べる……」などと常に変化していることです。酸素を取り入れ、二酸化炭素を排出しています。

また、目には見えませんが、心臓は常に動きつづけていますし、血液も止まることなく体内を流れつづけています。一瞬たりとも停止しません。無常でないと命は維持できないのです。
このように、生きることは無常であり、これが「存在の法則」なのです。(続きます)
A. スマナサーラ長老 法話
Patipada 根本仏教講義
智慧ある人は愉しんで生きる③-2
(2013/05初, 2019/06/24再