2021/03/07

慈悲の瞑想で何を育てるのか?

 

Bhante Dr. Gangodawila Chandima チャンディマ長老



3月6日開催「朝のお経と慈悲の瞑想」の会のあと、
「慈悲の瞑想の文言が違うのはなぜでしょうか?」というご質問をいただきました。

おそらく同じような疑問を持たれた方もいらっしゃると思い、シェアさせていただきます。

3月6日に実践したのは、北米で主に実践されている慈悲の瞑想の一部です。(グナラタナ長老も使われ著書で紹介しています)


チャンディマ長老のご回答です。

国によって言葉は違いますし、慈しみの表現の仕方は人それぞれです。言葉はそれほど重要ではないんですね。言葉の奥のものが大事なんです。

慈悲の瞑想によって何を育てるのかというと、「慈悲の心」です。「幸せでいたい」という想いは、みな共通して持っているものです。ですから自分にも他者にも「悩み苦しみなく、幸せでありますように」という想いや思考を育てていくんです。

言葉は表面的なものですから、言葉にあまり引っ掛かる必要はありません。

自分の心に慈悲が育つよう、やすらぎを感じるような言葉を見つけて、その想いを持って瞑想したり、日常の生活を送ることが大切なんです。

バンテ・チャンディマ


生きとし生けるものが幸せでありますように