ほんものの恐怖とは?③-1 の続き
生きるとは感じること
眼に入る色によって、耳に入る音によって、鼻に入る匂いによって、舌に入る味によって、身体に触れるものによって、意に入る思考によって、感覚は勝手に起こります。
だから音楽が流れたからといって、ここにいる人たち皆が同じ感覚になるわけではありません。バラバラなのです。
その感じることが、命です。
仏教の世界はものすごく科学的です。
科学文明を誇る世の中は、実は非科学的なのです。
正真正銘の科学と言えば、ブッダの教えだけなのです。
これは断言的に言えます。
皆様が信仰している科学は、ただ物質的なものにとらわれていて、曖昧で、不確定な世界なのです。
科学的に見ると、生きることとは感じることです。
感じるものは六種類です。
ただ、これは意志とは無関係に勝手に起こります。
皆様はここにある花を、この会場に来たときからずっと見ていたんです。
でも、ずっと同じ感覚で見ていたわけではありません。
時間が経つにつれ、感覚はどんどん変わっていくのです。
15分くらいたつと、「花があったの?」と忘れているくらいです。
(続きます)
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スマナサーラ長老 法話「ほんものの恐怖とは?」
文:出村佳子
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生きとし生けるものが幸せでありますように