2025/11/02

執着のないこころ『ウペッカー - こころの平穏:偏見を超え、客観的に見る智慧』より

 


執着のないこころ


そこで、自分に何かが起きたとき、

誰かに何かをされたとき、誰かに何かを言われたとき、

いま世の中で起きていることを見るとき、

どんなことも、どんな出来事も、

できるだけ自分の感情や主観を入れないよう、

客観的に観るようにしてください。

このようにして、ものごとに執着しないこころが育っていくのです。


執着は、苦しみをもたらします。

仏教では、苦しみの原因は執着にあると説いています。


モノや出来事、人にたいして執着すると、

それを失うことを恐れ、

不安や怒りなどネガティブな感情が生まれてきます。

それで苦しみを感じてしまうのです。


客観的にものごとを観、ウペッカーがあれば、

こころは執着の苦しみから解放され、平穏になるでしょう。


『こころの平穏 - ウペッカー〈upekkhā〉
 偏見を超え、客観的に見る智慧』

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】


Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā


2025/10/25

害を与えない思考『正語〈正しい言葉:Sammā Vācā〉~幸・不幸をつくる言葉の法則―八正道➂ 』より

 


幸せになる思考(第3章 言葉と思考


正しい思考の3番目は、「害を与えない思考」です。他者をいじめたり、傷つけたり、虐待したりしないことです。


いじめやパワハラは、学校や大学、会社などどこでも大きな問題となっていますね。人はさまざまなやり方で知らないうちに誰かをいじめているのです。


たとえば「自分はいつもトップでありたい」とか「社会的地位を誇示したい」といった気持ちが働いて、他人を貶しめようといじめるかもしれません。


社会には強い者が弱い者を支配するという構造が、いまだにあるのです。


そのような中、「弱い生命をいじめない人」は、優れた人格を持っていると言えるでしょう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そこで、これら「離欲の思考」「怒りのない思考」「害を与えない思考」など正しい思考(正思惟)が働いているとき、私たちは正しい言葉(正語)を実践することができます。


思考が正しく清らかですから、問題を引き起こす悪い言葉(邪語)を発することはないでしょう。


「幸せになる思考:第3章 言葉と思考より

正語〈正しい言葉:Sammā Vācā〉
~幸・不幸をつくる言葉の法則 ― 八正道➂

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】



Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā


2025/10/17

怒りのない思考『正思惟〈正しい思考:Sammā Sankappa〉~欲・怒り・害意の手放し方―八正道② 』より』


2.「怒りのない」思考(無瞋の思考)


正思惟の2番目は「瞋恚(怒り)のない思考(abyāpāda saṅkappa:アビャーパーダ・サンカッパ)」です。


これは「無瞋の思考」と呼ばれ、強い怒りや憎しみの思考を抱かないことです。


この反対が「瞋恚(怒り)の思考(byāpāda saṅkappa:ビャーパーダ・サンカッパ)です。


瞋恚とは、普通の怒りではなく、強い怒りのことです。自分や他人にたいして激しく怒ったり、不満を抱いたり、憎んだりすることですね。「ゆるせない!」といった強い怒りです。



現代社会における怒りの落とし穴


インターネットやSNSが普及した現代社会では、さまざまな情報が飛び交い、怒りを刺激するような情報も増えています。


何気なく目にした情報やニュースに腹を立てたり、憤りを感じたり、理不尽な出来事によって怒りを爆発させたりしてしまう経験は、誰しもがあるのではないでしょうか。


これには気をつけなければなりません。


怒りは、こころの平穏を乱し、人間関係を悪化させるだけでなく、いろいろな問題を引き起こす元凶となるからです。


だからこそ怒りが生じたときには、それに気づき、すぐに怒りから離れることが重要なのです。


怒りの反対が、「怒りのない思考」です。


別の言葉で言えば、やさしい慈しみの思考や相手を尊重する思考、助けたいといった思いやりの思考です。


この思考が、正思惟の2番目です。


2.「怒りのない」思考(無瞋の思考)
「第3章 苦しみから解放される3つの思考」


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

正思惟〈正しい思考:Sammā Saṅkappa〉
欲・怒り・害意の手放し方―八正道 ②


Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā