2022/12/06

四聖諦:四つの聖なる真理 ②「アチャン・チャー法話」


四聖諦――四つの聖なる真理  からの続き


ブッダの教えのなかに、無我の瞑想があります。
「これは私ではない」「私のものではない」と観察することです。


しかし、人はたいてい「私」という思考に執着しているため、無我を観察したがりません。これが苦しみをもたらすのです。



以前、ある女性に「怒りにどう対処したらいいでしょうか?」と聞かれました。

そこで私は、「今度怒ったとき、目覚まし時計を持ってきて、二時間後にアラームが鳴るようセットして、目の前に置いておいてください。アラームが鳴ったら、怒るのをやめてください」と言いました。


怒りが本当にあなたのものなら、怒りにたいして「二時間で消えなさい」と言えば、消えるはずです。


しかし、怒りはあなたのものではありませんから、命令しても無駄なのです。二時間たってもおさまらないときもあれば、一時間もたたないうちにおさまるときもあるでしょう。


怒りを自分のものとして握りしめれば、苦しみが増すだけです。怒りが本当にあなたのものなら、あなたの命令に従うでしょうし、従わないなら、あなたのものではなく、現象にすぎないということです。


ですから現象に引っかからないでください。嬉しかろうが悲しかろうが、好きであろうが嫌いであろうが、引っかからないように。すべてのものごとは現象です。


怒ると気分がいいですか? 気分が悪いですか?


気分が悪いなら、怒るのをやめたらどうでしょうか? なぜ、ずっと怒り続けるのですか?


怒りにとらわれているのに、どうしてあなたが賢者だとか知識人だといえるでしょうか?


生まれてからこれまでのあいだ、何度、感情に騙されてきたでしょうか?


怒りは家族喧嘩を引き起こすこともあれば、一晩中、涙を流させることもあります。それでも人は怒りにしがみつき、怒り続け、苦しんでいるのです。「怒りは苦しみを引き起こす」ということに気づかないかぎり、いつまでも苦しみ続けるでしょう。反対に、気づいたら、怒りを手放すことができます。手放さなければ、苦しみが続くのでしょう。


輪廻転生とはこのようなものです。このことをあるがままに理解すれば、問題を解決できるでしょう。


ブッダは、「〝これは私ではない〟〝 私のものではない〟と観察することほど、苦しみを乗り越えるのによい方法はありません」と教えています。

しかし、私たちはたいてい「無我」に注意を払いません。苦しみが生じたとき、そこから何も学ぼうとせず、ただ嘆くだけです。このことを深く観察し、ブッドーを育てなければなりません。ブッドーとは「知る者(明晰な気づき)」のことです。

(続きます)


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アチャン・チャー法話集

The Four Noble Truths

翻訳:出村佳子

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 アチャン・チャー



生きとし生けるものが幸せでありますように