3種類の「欲」の続き
欲をバネにして人格を向上させることはできません。欲に基づいて行動すると、最終的にはかならず失敗するのです。
そこで、幸福な生き方を目指す人は、欲は有害な毒であると見て、欲から離れることが大切です。
とくに底なしの異常な欲望(abhijjhā)に関しては、修行や瞑想を始める前から離れておかなくてはなりません。
欲があると、「いまあるもの」も失う
ジャータカ物語をひとつ、ご紹介いたしましょう。
ある人が王様のもとを訪れ、このように言いました。
「あなたはすばらしい王様で、強い軍隊をたくさん持っているのに、なぜこのような小さな国を治めることで満足しているのですか?
希望が小さいのはよいことではありません。
となりの国に侵攻して、自分の国を拡げてはどうですか」
それを聞いた王様の心に、巨大な欲(mahicchatā)が生まれました。
「よし、わかった。となりの国を攻めて、私の国にしよう!」
そう言って、すぐに軍隊を集め、戦いに出ようとしたのです。
ところで、王様には、知識のある優れた大臣たちがそばにいました。
そのなかで、もっとも智慧のある偉い大臣が、
「戦争はやめたほうがいい。落ち着いて平和でいたほうがいい」と、戦争にまったく賛成しないのです。
しかし、王様はこの大臣の言葉にはまったく耳を傾けませんでした。
智慧のある大臣は、王様のことが心配になりました。
そこで戦争には反対でしたが、あまりにも心配ですから、軍隊といっしょに出かけることにしたのです。
ちょうどその頃、インドは雨季に入り、毎日、雨が降り続いていました。
しかし王様は軍隊に、「前に進みなさい。たとえ雨が降っても引き返してはならない」と命じました。
ある日のこと、森で野宿しているとき、馬のエサとして、栄養のある豆を小分けにし、あちこちに置いておいたところ、それを見ていたサルが、「おいしそうな食べものだ」とばかりに、木から降りてきました。そして、手で豆をひとつかみ握ったのです。
でも、まだ豆はたくさんあります。
それで、反対の手でもう一つかみ握りました。
見ると、豆はまだたくさんあります。それで今度は口いっぱいに豆を頬張りました。
口と両手いっぱいに豆を持ち、木の上に登ろうとしました。
しかし、両手は使えませんから、足で登るしかありません。
どうにかこうにか木の上に登ったところ、手から豆が一粒、ポトンと地面に落ちました。
サルは「キャー」と鳴き、あわててその一粒の豆を拾うために木から降りたのです。
鳴いた瞬間、口から豆が全部落ち、さらに両手の豆も全部落ちてしまったのです。
たった一粒の豆のために、サルはすべての豆を失ったのです。
その様子を見ていた王様が、
「あー、バカなサルだ。一粒ずつ手で取って食べればいいのに。欲深いなぁ。欲が深いから、全部なくしてしまったんだ」と言いました。
それを聞いた智慧のある大臣は、
「欲深いのはサルだけではありませんよ。あのサルと同じことをやっている人がこちらにもいるのではないでしょうか」と言いました。
王様が「なんのことか」と言うと、大臣は、
「これまで王様は自分の国を治めることだけで充分満足していました。なのにいまは隣国に侵攻して、自分のものにしようとしています。それもこの雨季の時期に。ゾウや馬は風邪をひいて熱をだし、となりの国に着くころには身体が弱っているでしょう。軍隊も雨で衰弱し、疲れ切っていますから、戦う力はありません。私たちは簡単に相手軍に殺されるでしょう。ですからいま王様がやろうとしていることは、あのサルがやっていることよりもひどいことではないでしょうか」
王様はようやく目が覚めました。
「わかりました。国へ帰りましょう」
そう言って、引き返したのです。
この話は「欲をだしたら、いま持っているものも失う」という話です。
欲は崩壊のもと
これは社会を見るといくらでも例があります。
日本でも、ある偉い方が、わずかなお金に欲をだしたために、地位も権力も失って逮捕された、というニュースをときどき聞くことがあります。
毎月高い給料をもらい、そのうえ国や会社から住宅や車などを安く貸してもらい、外国に行くときには旅費や滞在費が全部おりますから、お金のかかるものはほとんどありません。奥さんの服代や子供の養育費ぐらいです。
なのに、もう少し裏でお金をもらおうではないかと欲をだし、不正行為をしたため、逮捕され、結局は職も、地位も、立場もすべて失うはめになるのです。
ですから、理解してください。
欲はネガティブで、暗い思考です。英語で言えば、productiveではなくdestructiveです。
いわゆる有効的・効果的ではなく、破壊的ということです。
会社は、経営者が欲をだせば、倒産しますし、家庭は、家族の誰かが欲をだせば、崩壊するでしょう。
国は、国の権力者が欲をだせば、すぐに崩壊するのです。
1990年、イラクが隣国のクウェートを奪おうと欲をだし、たった1日でクウェート全土を支配下に収めたということがありました。
それでどうなったかというと、米英軍によってハイテク兵器がイラクに投入され、その劣化ウラン弾の影響で、いま多くのイラクの子供たちが、ガンや白血病、奇形の病気にかかって大量に死んでいるのです。
また、経済制裁のために食料が不足していますから、栄養失調や飢餓でも苦しみ死んでいます。
これからどのくらいこの国の人々が死んでいくかわかりません。
これは、当時のイラクの大統領が自分の国だけでは満足せず、「となりの国を奪って自分のものにしよう」と、とんでもない欲をだしたことによります。
その結果、国民を苦しみの泥沼に落とし入れたのです。
(続きます)
根本仏教講義『希望と欲望②-1』