ほんものの恐怖とは?①-2 の続き
先はわからない
次の恐怖感の理由は、先がわからないことです。
安全感は、現在と将来に関係がある概念です。人が「安全」と言っていることは、現在と将来に関わっていることなのです。
現在の恐怖感
でも、そんなことを考えていると生きていられませんから、私たちは「今日は大地震は起きないでしょう。起きてもこの建物は頑丈だから安全でしょう」と考えているのです。
現在においてはそれほど恐怖を感じないのです。
将来の恐怖感
みんな将来の安全のことも考えています。しかし、誰にも将来のことはわかりません。これ、よく憶えておいてください。将来のことがわかる人はいないのです。
将来を知りたい人は因縁関係を知らなくてはいけませんが、因縁関係も決定的に定まったものではありません。将来を読みたければ、ブッダと同じように因果法則を理解しなければなりません。ブッダは因果法則を徹底的に調べて知ったのですが、予言はしていません。なぜならいつ条件が変わるかわからないのだから。
たとえば、自分の身体に体力がある、健康だ、健康診断を受けたが全部異常なしで問題なかったから大丈夫だ、と思って自慢していても、どこかでちょっと滑ってケガでもしたら、それまでの健康はなくなるのです。
占い師に占ってもらったところ、「あなたは数時間後、山でヘビに噛まれますよ」と言われたとしましょう。そこで、どうしようと怖がるのではなく、山に行かないように予定を変えたらどうですか。そうすると、ヘビに噛まれることはありません。ですから将来は見えないのです。
予言や推測ができたとしても、将来を知ることは不可能です。将来を知ることが不可能なら、どうやって将来の安全をつくりますかね?
先がわからないというのは事実です。この事実の前で、安全イメージが揺らぎ、怖くなります。この怖いという気持ちは、誰にでもあります。誰にも先は読めないのです。
(続きます)
・・・・・・・・・・
スマナサーラ長老 法話「ほんものの恐怖とは?」
文:出村佳子
・・・・・・・・・・
生きとし生けるものが幸せでありますように