☆「朝の読経と慈悲の瞑想②」4月10日(土)8:30~
現在、カナダのオタワ・テーラワーダ・ブッディストヴィハーラに在住。カナダを中心に、イギリス、アメリカ、マレーシア、タイ、スリランカの大学や寺院で、講義や法話をおこなっている。
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものが幸せでありますように
チャンディマ長老の法話会に初めて参加。
— ツブナラ (@tsubunara) March 20, 2021
喜(ムディタ)を育てる為にはどうすればよいか。特に喜の反対の嫉妬とどう向き合えばよいか?
①業の理解が大切。その人の過去の行いが今善き結果として現れている、と捉えるなら、嫉妬を克服する事ができる。
自分の良い所を見つけて育てる。
②↓
②瞑想で嫉妬に対処。ムディタを上下横に広げていく。
— ツブナラ (@tsubunara) March 20, 2021
自分より優れている人は沢山いる。そのような人を目標にして自分の心を育てる。
具体的な向き合い方を提示してもらえて、理解が深まりました。
チャンディマ長老、出村先生、参加された皆さん、ありがとうございました。
チャンディマ長老の法話会参加。
— まるっと (@marutto771) March 20, 2021
喜(ムディタ)に関するお話。嫉妬や怒りは自分のために起こっているものと捉えた方が良いという話(対応の仕方で自分の糧になる)や、自分より幸せそうだったり出来る人に会って嫉妬が出てきたらムディタを向けて訓練させてもらう話は参考になったし実践したい。
あと、嫉妬が出てきたら、気づいて、受け入れて、体の反応を見て、自分の物でないと見る対応方法も勉強になった
— まるっと (@marutto771) March 20, 2021
チャンディマ長老の法話会良かった♪実践の動機が強くなりました。出村さんの通訳も素晴らしかった♪来月の法話のテーマはウペッカーの予定。参加します。楽しみだ♪
— しじみ (@khanti333) March 20, 2021
チャンディマ長老のご法話、とても良かった✨
— ミシェル (@1104_0929) March 20, 2021
嫉妬は誰にでもある生まれつきのもの(赤ちゃんにもある!)だから、自分はダメだなんて思わなくて大丈夫。
気づきと、業の理解(正見)によって、嫉妬を乗り越え、ムディター(喜)を育てましょう。
とのことでした。
ありがとうございました☺️🙏✨
生きとし生けるものが幸せでありますように
私たちの喜びは、多くの場合、貪瞋痴に基づいて生じます。
ブッダがすすめる喜び(ムディター)は、エゴのない清らかな喜びです。
心を見つめ、嫉妬や怒りに気づき、超えていくことで、清らかな喜びが得られるでしょう。→https://forms.gle/frJWCfe3cgVNd8PX9
前回の「コンパッション:悲(カルナー)」に引き続き、今回は、慈悲喜捨の「喜(ムディター)」について学びます。
「心が清らかになる喜び」とはどのようなものでしょうか?
エゴのない喜びとは?
喜び(ムディター)を育てる方法を一緒に学んでみませんか?
前回の法話会「コンパッション」のご質問にもお答えします。
法話は易しい英語で行なわれ、日本語通訳が入ります。
よろしければ、お気軽にご参加ください。
■ 心が清らかになる喜び(ムディター)
■ 講師 チャンディマ・ガンゴダウィラ長老
■ 日時 2021年3月20日(土/祝) 9:00〜10:00頃
■ 申し込み
3月19日までに下記フォームからお申込みください。前日までに参加URL(ミーティングIDとパスコード)をお送りいたします。➡https://forms.gle/frJWCfe3cgVNd8PX9
■ 参加費:ご喜捨
チャンディマ長老の活動支援、お布施をされたい方は、下記URLからお願いいたします。後日、お名前とともにお布施をチャンディマ長老にお送りいたします。
https://sukhi-hotu.blogspot.com/2020/01/support.html
■ Zoomによるオンライン開催です。お名前・ビデオONでのご参加をお願いいたします。
みなさまのご参加をお待ちしております。
ありがとうございます。とても励みになります。
いろいろ不慣れなところがあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
出村先生の通訳が素晴らしいです。
— serene (@tranquil_calm) March 11, 2021
分かりにくい所は補足してくださり、美しく品格あるお声を聞いているだけで心が清らかになります。
オンライン通訳は 機器を通した音源、アイコンタクトも取れず至難の技かと拝察します。
素晴らしいご法施です。 https://t.co/rR5z50L0Vp
おそらく同じような疑問を持たれた方もいらっしゃると思い、シェアさせていただきます。
3月6日に実践したのは、北米で主に実践されている慈悲の瞑想の一部です。(グナラタナ長老も使われ著書で紹介しています)
チャンディマ長老のご回答です。
国によって言葉は違いますし、慈しみの表現の仕方は人それぞれです。言葉はそれほど重要ではないんですね。言葉の奥のものが大事なんです。
慈悲の瞑想によって何を育てるのかというと、「慈悲の心」です。「幸せでいたい」という想いは、みな共通して持っているものです。ですから自分にも他者にも「悩み苦しみなく、幸せでありますように」という想いや思考を育てていくんです。
言葉は表面的なものですから、言葉にあまり引っ掛かる必要はありません。
自分の心に慈悲が育つよう、やすらぎを感じるような言葉を見つけて、その想いを持って瞑想したり、日常の生活を送ることが大切なんです。
バンテ・チャンディマ
生きとし生けるものが幸せでありますように