2023/07/25

六方を拝む青年/バラモン教の大長老〈ブッダに出会った人たち〉3-⑨

 

●六方を拝むシンガーラ


シンガーラ(Singala)という名の出来の悪い若者がいました。

シンガーラの父親は亡くなる直前に息子のことを心配して、「六方を礼拝しなさい」と告げました。

シンガーラは父親の遺言を守ろうと決意しましたが、肝心の「六方とは何か」ということを知らなかったため、どうすればよいのか分からす、東西南北上下の六方をただ闇雲に拝みました。

シンガーラは「人に言われたからやる」という性格で、自分でものごとをしっかり理解しようとしません。



ある日、この様子を見たお釈迦さまはシンガーラに、

「人に言われたからやるのではありません。ものごとには意味があるでしょう。六方の礼拝の仕方はそのようなやり方ではありません」

と言い、正しい六方の意味を定義なされました。

六方とは人間関係のことであり、東が親子関係、南が師弟関係、西が夫婦関係、北が友人関係、上が宗教者と在家者の関係、下が主従関係です。

これらの六つの関係を正しく守るなら、安全に幸福に暮らせると説かれました。『六方礼経』はその経典なのです。


東――親子関係


子が両親に対して行うべきこと

 ・自分を育ててくれた両親を養う
 ・両親の義務を果たす
 ・家のしきたりや伝統を存続させる
 ・財産を管理する
 ・供養する


親が子に対して行うべきこと

 ・悪いことをやめさせる
 ・善いことを行うようにさせる
 ・教育を与える
 ・ふさわしい結婚相手を見つける
 ・適時に財産の管理を任せる


南――師弟関係


弟子が師に対してすべきこと

 ・席を立って礼をする
 ・師の用事を手伝う
 ・師の言葉を熱心に傾聴する
 ・身の回りの世話をする
 ・教えられたことを真剣に学ぶ


師が弟子に対してすべきこと

 ・正しくしつけ、指導する
 ・学んだことを忘れないように身につけさせる
 ・学問や技術を最後まで教える
 ・友人仲間に弟子を称揚する
 ・あらゆる面で弟子を守る


西――夫婦関係


夫が妻に対してすべきこと

 ・誉める(尊敬する)
 ・軽蔑しない
 ・不倫をしない
 ・家の権利を任せる
 ・装飾品を与える


妻が夫に対してすべきこと

 ・仕事を上手にこなす
 ・親族を大切にする
 ・不倫をしない
 ・財産を守る
 ・巧みであり勤勉である

北――友人関係


友人に対してすべきこと

 ・与える
 ・やさしい言葉で話す
 ・役に立つことを行う
 ・友人を自分と等しいと思うこと
 ・欺かない

友人に対してすべきこと

 ・無気力になっている友を守る
 ・無気力になっている友の財を守る
 ・恐怖のある友を守る
 ・逆境に陥っている友を見捨てない
 ・友の子孫を大切にする

下――主従関係


上司が部下に対してなすべきこと

 ・能力に応じた仕事を与える
 ・仕事に適した給料を与える
 ・病気になったときに看病する
 ・珍しい食べ物を分け与える
 ・適当なときに休ませる。

部下が上司に対してなすべきこと

 ・上司より早く出勤する
 ・上司より後に仕事を終わる
 ・与えられたものだけを受ける
 ・誠実に責任を持って仕事を行う
 ・会社や上司の名誉を吹聴する

上――宗教家・在家者との関係


在家者が宗教家に対してなすべきこと

 ・慈しみの行為
 ・慈しみの言葉
 ・慈しみで考える
 ・門戸を閉ざさない
 ・財物をお布施する


宗教家が在家者に対してなすべきこと

 ・悪をやめさせる
 ・善に入らせる
 ・幸福を願う
 ・今まで聞いたことのない真理の教えを説く
 ・すでに説いた教えを、より明白にさせる
 ・今生だけでなく死後も幸福になる道を説く


●バラモン教の大長老セーラバラモン


90歳を超えるセーラ(Sela)という名のバラモンがいました。

彼はインドではとても有名で、並大抵の人ではありませんでした。

バラモンのなかでも長老中の長老で、ヴェーダの奥義をすべて修得していました。


ある日、セーラは「悟りを開いた人がいる」ということを聞き、その人にぜひともお会いしたいと思いました。

しかし立場上、気軽に会うことはできないのです。

セーラはバラモン人すべてのなかで最高の長老ですから、バラモン教の長老が仏教のお釈迦さまに会うというのは少々まずい。

そこでまず弟子に、お釈迦さまがほんとうに悟っているのかどうか調べに行かせました。


そして「悟っている」ということを確かめたら、大胆にも数百人の弟子たちを連れて、お釈迦さまのもとにおもむき、挨拶したのです。


ところで、バラモン教の聖典には「目覚めた人には32の相がある」ということが書かれており、セーラバラモンは、お釈迦さまにその相があるかどうかを確かめようとしました。


このことを察知されたお釈迦さまは、話をしながら、わざとご自身の真の姿 ―― 威力や智慧、偉大さ、32の相をセーラバラモンの目に見えるように現したのです。


セーラバラモンは お釈迦さまに32の相があることを確認したあと、さらに「完全なる悟りを開いた人は自分が讃嘆されるとき、自身を現すということを聞いたことがある」ことを思い出しました。


そして美しい詩をうたい、「釈尊は王のなかの王として、人類の帝王として、世界を統治する王になってください」と讃嘆すると、お釈迦さまは次のように応えました。


「私はすでに王である。

 すべての煩悩に打ち克ち、最高の勝利を得ている。

 知るべきものはすでに知り、やるべきことをやっている。

 苦しみを完全に滅尽し、究極の平安を体験している。

 私はすでに悟っている」

とご自身を現されたのです。


お釈迦さまの堂々たる言葉を聞いたセーラバラモンは弟子たちに告げました。


「君たち、眼ある釈尊の話を聞きなさい。

 従いたい者は従いなさい。

 従いたくない者は去りなさい。

 私は最上の智慧のある人のもとで出家します」


セーラバラモンとともに数百人の弟子たちは、その場で出家したのでした。


(続きます)


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法話:スマナサーラ長老

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文:出村佳子

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