2023/08/13

賢者のアドバイスに耳を傾ける「問題をつくるのは誰か?⑥」

 

 なぜ満たされないのか? 家族の問題「問題をつくるのは誰か?⑤」からの続き


現実に向き合う


今日、ほとんどの人は「自然な生活」ではなく「人工的な生活」を送っています。多くの人はそれが危険なものであることに気づいていません。

人が引き起こしている問題の多くは、無知から生じています。欲ばかりを追い求めることから、さまざまな問題が引き起こされるのです。



問題や重荷というものは、たいてい人生の中年半ば以降に生じるものです。


たとえば、30メートル深さの穴があるとしましょう。その穴の底に、燃えている炭を置きます。

そこに、はしごを降ろし、数人の人にひとりずつ降りるように言います。

10メートルぐらいまでは、誰も何も不満を言いません。

15メートルぐらいまで降りると、いくらか熱さを感じます。

さらに20メートルから25メートルぐらいまで降り、燃えている炭に近づくと、焼けるような熱さを感じるでしょう。


これと同様に、若者たちにはお釈迦様が教える「生きることは苦である」ことの意味が、まだわかりません。

年齢とともに、経験を重ねれば重ねるほど、「苦の真理」がより明確に見えるようになるでしょう。


年長者のアドバイスを聞く


あることが「よいことか、悪いことか」を理解するために、自分で実際に経験する必要は必ずしもありません。このような例え話があります。


海の中で魚たちが泳いでいます。ある日、いつもは見かけない「ふたのあいた小さな箱」に出くわしました。実は、それは漁師が仕掛けたわななのです。


若い魚たちはその箱の中に入り、それが何なのかを知りたがっています。


年配の魚は若い魚たちに、「中に入らないように。それはわなだから」と忠告しました。


若い魚たちは、「危険かどうかって、なんでわかるのですか? 中に入ってみなければわかりません。実際に入ってみたとき、それがどういうものかがわかるのではないですか」と言いました。


そして、何匹かの魚は箱の中に入っていき、結局、わなに引っ掛かってしまったのです。


私たちは、「限りない智慧のあるお釈迦様の教え」を聞くことが必要です。

もちろんお釈迦様は、「やみくもに教えを信じてはならない」と説かれていますが、私たちはやはり賢者の話しに耳を傾けなければなりません。

なぜでしょうか?


それは、「賢者の経験」は、私たちの世俗的な知識よりも、遥かに深遠だからです。


親はよく息子や娘に「○○をしなさい」「○○をしてはならない」と言います。


親や先生、年配者のアドバイスを聞かない子供たちは、自分勝手に考えたやり方でいろいろなことをやります。

やがて何か重大な問題が起こったとき、年配者や先生の助言を思い出し、助けを求めるようになるでしょう。

このとき、ようやくアドバイスや指導に耳を傾けるのです。


仏教では、「理性的な教え」を実践し、問題にぶつかる前に問題が起こらないよう、さまざまなアドバイスをしているのです。            


年齢と経験


人は勉強したことを実際に経験しなくても、知識だけを身につけることができます。

若者の中には、「知識を武器にすれば、世界の問題をすべて解決することができる」と考えている人もいます。

科学は、問題を解決するためにさまざまなものを開発してきました。

でも解決できるのは「物質の問題」だけであって、「心の問題」を解決することはできないのです。

心の問題を解決できる人は、世の中を実際に知り尽くした賢者以外にいないのでしょう。


このようなことわざがあります。

「私が18才のとき、父のことを ”なんて愚かな人なのだろう” と思っていた。いま私は28才だが、父がこの10年間でどれだけ学んだかということに驚いている!」


学んだのは父親ではなく、息子のほうです。息子が、ものごとを大人の見方で見ることを学んだのです。


2000年以上も前、お釈迦様をはじめ、孔子や老子、多くの優れた指導者たちが、人々にすばらしい教えを説かれました。こうした真理に基づく教えは、廃れることが決してありません。永遠に新しいままなのです。


古代の人々の智慧を無視して、人間の「生の問題」を解決することは困難なものです。こうした智慧は、人間の尊厳や理性、平穏、幸福を育ててくれるのです。


(続きます)


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問題をつくるのは誰か? ➤ 目 次

Ven. Dr. K. スリダンマーナンダ長老〔著〕

出村佳子〔訳〕

"Who creates problems?" by Ven. Dr. K. Sri Dhammananda Thero

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