●アングリマーラ
アングリマーラ(Angulimala)という凶暴な殺人鬼がいました。
罪のない人を殺しては指を切り、切った指を首飾りにしていました。
しかし、このような残忍凶暴なアングリマーラも、お釈迦さまに会ったとたん、人殺しをすべてやめたのです。
ある日、お釈迦さまはアングリマーラのいる森のなかに入って行きました。
お釈迦さまがゆっくり歩いて来るのを見たアングリマーラは、襲ってやろうとお釈迦さまの背後にまわり、後を追いかけました。
しかし走っても走っても、ゆっくり歩いているお釈迦さまになかなか追いつくことができません。
どうしたことかとアングリマーラは立ち止まり、
「沙門よ、止まれ!」と叫びました。
お釈迦さまは、
「私は止まっていますよ。君が止まったらどうでしょうか」と答えました。
アングリマーラはお釈迦さまが言ったことの意味が理解できず、
「立ち止まっている私に止まれと言い、歩いている沙門は止まっていると言う。いったいどういう意味なのか」
と聞くと、お釈迦さまはこのように諭しました。
「アングリマーラよ、私は生きとし生けるものを害する心が止まっている。
君は生きとし生けるものを害している。
それゆえ私は止まっているが、君は止まっていないのである」
これを聞いたアングリマーラは、その瞬間に心が変わり、悪行をすべてやめて出家し、お釈迦さまの弟子になりました。
誰も捕まえることのできなかった凶悪残忍なアングリマーラを、お釈迦さまは武器一つ持たずに説法によって見事に改心させたのでした。
●苦行者たち
無差別に人殺しをしていたアングリマーラとは正反対に、ジャイナ教の人々は徹底的に「不殺生」(生命を殺さないこと)を守っていました。
生水(なまみず)さえ飲みません。
というのも、水中には無数のバクテリアが生存しており、それを飲むと殺生することになるからです。
お釈迦さまは、ジャイナ教の人たちが戒律を厳守していることに関しては称賛していましが、自分の身体を極端に痛めつけて苦行していることに関しては意味がないと示されました。
そして苦行ではなく、法に基づいて正しく生きることを教えられたのです。
その結果、多くのジャイナ教徒が仏教徒になりました。
●召使いのクッジュッタラー
クッジュッタラー(Khujjuttara)という名の女性がいました。
彼女はコーサンビのウデーナ王の宮殿の召使いで、毎日、花屋のスマナのところに行って、宮殿に飾る花を買っていました。
ある日のこと、お釈迦さまとお弟子さまたちが食事のお布施を受けるためにスマナの家を訪れました。
そこにクッジュッタラーがいつものように花を買いに行ったのです。
スマナはクッジュッタラーに、
「今日は私の家にお釈迦さまとお弟子さまたちがお布施を受けにいらっしゃっています。食事のお布施が終わったら、あなたもいっしょにお釈迦さまの説法をお聞きなさい。花を買うのは、説法が終わってからにしてください」
と言いました。
そこでクッジュッタラーは食事が終わるのを待ち、その後、説法を聞くことにしました。
クッジュッタラーは、お釈迦さまの説法に注意深く耳を傾けていたため、説法が終わったときには、預流果の悟りに達していました。
ところで、その日までクッジュッタラーは、花を買うために王妃から預かったお金の半分で花を買い、残りの半分はねこばばしていたのです。
しかしお釈迦さまの説法を聞いて預流果に悟ったものですから、「他人の財産を盗もう」という気持ちが消えてしまいました。
そこでその日は、預かったお金の全部を使って花を買ったのです。
宮殿に戻ると、王妃はいつもよりたくさんの花を持っているクッジュッタラーを見て、「今日はなぜこんなにたくさんの花を買ったのですか?」と聞きました。
クッジュッタ ラーは正直に、「これまで私はお預かりしたお金の半分で花を買い、残りの半分は自分のものにしていました。今日はお金を全部使って花を買いました」と告白しました。このときクッジュッタラーは『嘘をつかない』という戒律を守ったのです。
王妃は「ではなぜ今日はお金の半分を自分のものにしようとしなかったのですか?」とたずねると、クッジュッタラーは「お釈迦さまの説法を聞いたからです」と答えました。
クッジュッタラーがあまりにも率直に正直に答えるものですから、王妃は「お釈迦さまの説法はただものではない」と考えました。
そして「お釈迦さまの説法とはどのようなものですか? 私にもその説法を聞かせてください」と言うと、クッジュッタラーは聞いた説法を、王妃と宮殿の大勢の人に話しました。
クッジュッタラーはすぐれた記憶力を持っており、お釈迦さまの説法をすべて覚えることができました。
宮殿の人たちはお釈迦さまのところに行くことができないものですから、それ以来クッジュッタラーがお釈迦さまのところに行って説法を聞き、それを全部覚えては宮殿の人たちに説法するようになりました。
現代風に言えばクッジュッタラーは『歩く録音機』のような人です。
彼女のおかげで、ウデーナ王の宮殿にいる多くの人たちが心を清浄にすることができました。
(続きます)
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法話:スマナサーラ長老
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文:出村佳子
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