2015/06/16

2015/06/15

Patipada誌6月号

Patipada』 誌 (パティパダー
2015年6月号
vol.22 no.2 通巻no.244
根本仏教講義



2015/05/31

Patipada6月号

  Patipada』 (パティパダー)
  翻訳連載 : 仏教Q&A 『ただ
 坐だけでいいのか?』 (バンテ
 ・H・グナラタナ著/出村訳より
ヴィパッサナーは、気づきの実践です。
でも、ただ気づいていればいいということでもありません。
自分の行為に100パーセント鋭く気づくことができたとしても、
まったく智慧があらわれない場合もあるのです。

たとえば、野生のネコやトラは獲物を捕らえようとするとき、
獲物にたいして全注意を向けています。
でも、智慧はあらわれません。なぜでしょうか? 

野生の動物が獲物を狙って鋭く注意を向けているとき、
そこにあるのは、ただの注意――
いわゆる、不善の注意だからです。

ヴィパッサナーを実践するときには、 
気づきを働かせ、
対象にたいして100パーセント注意を注ぎます。
その気づきには、欲も、怒りも、無知も入っていません。
心は明晰になります……
このようにして、心の諸現象を観察する能力が育つのです。


2015/05/23

Happy wesakday

Seeking but not finding the housebuilder,
I have traveled through the round of countless births.
How painful is birth over and over again.
Oh housebuilder! You have now been caught!
You shall not build a house again.
Your rafters have been broken. Your ridgepole demolished.
The unconditioned consciousness has been attained
and every kind of craving has been destroyed.
-Dhammapada153,154

※この偈ではridgepole = avijjhā 無明です
  
~ウェーサーカ祭にちなんで



2015/05/19

ご案内

以前、大変お世話になりました学習院大学国際研究の先生より、「彬子女王殿下による一般向け講演会」のご案内をいただきましたので、こちらでもご紹介させていただきます。

講演者: 彬子女王殿下
          (学習院大学国際研究教育機構客員研究員)

演 題:  「オックスフォードに学んで」

日 時: 2015年5月23日(土)13:00~
      
会 場: 学習院大学目白キャンパス 南3号館201教室

彬子女王殿下は、学習院大学史学科をご卒業後、イギリスのオックスフォード大学で修士号、博士号を取得され、さらに日英美術交流史を学ばれました。
現在は、海外でご専門の日本美術史、美術交流史をご発表なさるかたわら、日本文化への造詣も深められ、日本文化を体験させる活動もなさっています。
国際社会で日本人として活躍を考えられている方には、ぜひ参考になる講演会とのことです。
ご関心のある方はぜひご参加ください。
 リーフレット

2015/05/03

お知らせ

東京郊外の、小さいけれども
品のよい書店に立ち寄ったところ、
3月に重版された
『8マインドフル・ステップス』第2刷が並べられていた。

第2刷は、表紙にやや光沢がかかっていて、
明るい感じ。

ぜひ、書店でご覧になってみてください。



2015/04/26

ウェーサーカ祭


聖なる三大事の日、 
ウェーサーカ祭が
生きとし生けるものに
幸福と安穏をもたらしますように

『ウェーサーカ祭』
 (スリダンマーナンダ長老)より
 * * * * * * * * * * * *
『Patipada』(パティパダー)2015年5月号掲載短縮版。
vol.22 no.1〔no.243〕日本テーラワーダ仏教協会刊
こちらをご覧ください。
イベントはこちらです。
 


2015/04/20

Dhamma is the actual protection through which we are permanently released from the sufferings of sickness, aging, death and rebirth.....


2015/03/30

慈しみ

慈しみを実践すると、
習慣になっている
悪い思考パターンが
弱まっていき、
善い思考パターンが
強くなります。

こころは穏やかになり、

満たされ、
リラックスします。

それで、

こころが 「集中」 するのです。

マインドフルネスを越えて集中と気づきの正しい実践』


2015/03/26

Patipada誌4月号


 
 『Patipada』(パティパダー)
 日本テーラワーダ仏教協会刊
 2015年4月号 vol.21 〔通
 no.242〕 連載 『感 覚』 より

からだのどこかが痛いとしましょう。

このとき静かに座り、
目を閉じて、
心配することも、
不安になることもなく、
その痛みだけに
ただ気づきながら観察します。

しばらくすると、
痛みが小さくなっていることに
気づくでしょう。

反対に、心配するなら、
痛みにたいして、
緊張やプレッシャーを加えていることになりますから、
結果として、痛みを悪化させてしまうかもしれません。

痛みというひとつの感覚だけでなく、
さらにもうひとつの感覚
――心配―― 
を加えたからです。


Patipada』(パティパダー) 4月号、連載 『感覚』より

バンテ・H・グナラタナ著 
出村佳子訳



2015/03/22

...をつくるのは心


巣立ち

Mind is the source of
all sufferings and happiness.

May all beings be happy...




2015/02/27

I recollect qualities of the buddha and pay my homage......





2015/02/05

お詫びと訂正

お詫びと訂正です。

月刊機関誌 Patipadā』 (パティパダー)
2015 2月号  連載/翻訳記事の
『感覚』 (バンテ・グナラタナ著/出村佳子訳)
39ページ、下段 3~4行目
におきまして、誤りがございました。

『 対象 (色・受・想・行・識) 』 とありますが、

ただしくは 
『 対象 (色・声・香・味・触・法) 』 です。

深くお詫び申し上げますとともに、訂正させていただきます。







2015/01/20

なぜ献血をするのか?


Rudhira Dāna(ルディラ・ダーナ)




仏教では、「徳」(Punna)という言葉がよく使われます。行為には、善行為と悪行為の2つがあります。簡単にいうと、業(Kamma)です。お釈迦様は「人は業によって幸福か不幸になる」と教えています。


善行為を行うことを、「徳を積む」といいます。この「徳を積む」方法は3つあります。


Dāna―布施をする
Sila―戒を守る
Bhāvanāー瞑想をする(心を育てる)

です。AN:Tikanipata)

献血をすることは、布施(Dāna)であり、自分の血のお布施することになります。

お布施には、3種類あります。

まず、自分の物を他人のために差し上げることです。

他人のために自分が持っている食べ物や着る物、お金などをお布施するのです。これは3番目のお布施で「ダーナ・パーラミター(布施波羅蜜)」といいます。


2番目は、他人のために自分の身体の部分をお布施することです。これを「ダーナ・ウパ・パーラミター」といいます。


最も高いお布施は、他人のために自分の命を差し上げることです。これを「ダーナ・パラマッタ・パーラミター」といいます。


献血は、2番目の「ダーナ・ウパ・パーラミター」を実践することになります。




仏道を歩む人は、徳を積みながら道を実践すべきです。「病気で苦しんでいる人々の苦しみがなくなりますように」と願って、自分の血をお布施することは素晴らしい行為です。
本当の幸せとは、心の喜びのことです。
自分にも他人にも役立つことをして喜ぶことができれば、それこそが最高の幸せなのです。

スダンマ長老法話


(文責:出村佳子)


生きとし生けるものが幸せでありますように。

Sabbe Sattā Bhavantu Sukhitattā


2015/01/17

metta


May all beings and creatures
with no exceptions,
be free from suffering. 
May they all be free…




2015/01/11

生まれたもの…


「アーナンダよ、
ブッダはかつてこう説かれたのではなかったか。

生まれたもの、
存在するもの、
組み立てられたもの、
作られたものは、
必ず壊れる。

生じては滅する……

これが
諸々の条件に依って
形成されたものの
本質である。

生まれたものは

必ず滅する。

この構造が

完全に止むとき、
究極の安穏が
訪れるのである」


スリダンマーナンダ長老法話より

(Maha parinibbana sutta)

出村佳子訳

2015/01/03

姿 勢


なぜ姿勢に気づく必要があるのか? 

 歩いているときは 歩いているし、 座っているときは 座っている。 横になっているときは 横になっている。 自分の姿勢くらい知っている。
 座る・立つ・歩く・横になる姿勢に 気づくことで、 何か特別な智慧が得られるのか、と思うかもしれません。



『8マインドフル・ステップス』バンテ・グナラタナ著、出村佳子訳



姿勢に注意すると、身体の動きが絶えまなく変化していることがわかるでしょう。

動かずに、じっとしているように見えても、変化しているのです。

心臓は鼓動していますし、身体からは熱が出ています。肺は拡がったり縮んだりしています。このように、身体は無常なのです。

また、身体の外側の動きに関しては、一部コントロールすることができますが、内側の微細な動きに関してはコントロールすることができない、ということに気づくでしょう。

コントロールできないため、心はいらだちます。

このことを理解することによって、「身体の動きの本質は  苦であり、無我である」と見る智慧が育つのです。


8マインドフル・ステップス

バンテ・グナラタナ著

  

2014/12/29

よいお年を

 本年もいろいろありがとうございました。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 来る年が皆様にとって
 幸せな年になりますように。

 よいお年をお迎えください。
 
 
  
生きとし生けるものが幸せでありますように