2024/01/08

はじめに:りんごは赤い?│『正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ① 』


あなたは「自分の見方が正しい」と思いますか?


たとえば、あなたは「りんごが赤い」と思っています。でも、となりの人は「りんごは青い」と言っています。

あなたは自分の見方が正しいと思いますか? となりの人の見方が正しいと思いますか?

それとも、どちらも正しいと思いますか? 間違っていると思いますか? 

自分の見方が他人の見方と違うとき、どう感じますか? 

正しい見方――正見――とは、どのようなものでしょうか?

正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ① チャンディマ長老


この本では、正しい見方「正見」について学んでいきます。「正見」を理解するために、主に以下のポイントをお話いたします。


まず、「正見とは何か」についてお話します。正見とは、ものごとの本質や真理をあるがままに見ることです。この正見によって、苦しみから解放されることができるのです。


それから、「正見をさまたげるもの――〈見〉と〈邪見〉」について解説します。正見をさまたげるものとはどのようなものでしょうか?

それには偏見や先入観、主観などがあります。これは自分の経験や知識、感情、欲、希望、願望、好き嫌いなどによって、ものごとを判断したり決めつけたりすることです。この「見」や「邪見」があることで、ものごとの本質や真理が見えなくなり、誤った見方をしてしまうのです。


最後に、「正見を育てる方法」についてお話いたします。

実際に実践することにより、偏見や先入観、主観(邪見)が少しずつ取り除かれ、ものごとの本質や真理を見抜けるようになっていくでしょう。


それでは、一緒に学んでいきましょう。

 

「はじめに:りんごは赤い?」より


正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉
ありのままに見る智慧―八正道 ①

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ①  ありのままに見る智慧│チャンディマ・ガンゴダウィラ長老【著】

2024/01/06

【新刊】正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉―八正道 ①

 

苦しみから解き放たれる道「八正道」の要となる「正見(正しい見方)」とは?

・正見とはどのようなものか?
・正見を妨げているものは何か?
・正見の育て方

正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉― 八正道 ①』
チャンディマ・ガンゴダウィラ長老〔著〕出村佳子〔訳〕

新刊(電子書籍が刊行されました。よろしければ、ぜひご一読ください。


◇ ◇ ◇ ◇ 

 目 次


   はじめに りんごは赤い?


 第1章 苦しみから解放される道「八正道」

4つの真理が教えてくれること

8つの正しい道――八正道

中 道

「正見」の2つの役割

 

 第2章 なぜ、ありのままに見られないのか?

外に投影されたこころの世界

ありのままに見るために欠かせないこと

 

 第3章 見方はどのように生まれるのか?

見方が苦しみを生み出すプロセス

落ち着きのこころ「ウペッカー」

 

 第4章 正見とは?

太陽のように明るく照らす「正見」

「正見」は八正道のタネ

誤った見方に気づく

 

 第5章 進むべき道を示す地図とコンパス

見方を超える「No views」

歪んだ認知から離れる

「道」を歩むために――正しい判断力

なぜ、見方に執着してしまうのか?

 

 第6章 苦しみを引き起こす「邪見」

常住論と断滅論

62種の邪見

6人の思想家たち

 

 第7章 正見の実践

   ①10項目の正見

   ②四聖諦の正見

   因果法則としての四聖諦


 第8章 正見は八正道のかなめ

   他の道をサポートする正見

   見方への執着を捨てれば、苦しみはない

   「善」のほうへ

 

 おわりに 智慧の眼で見る


 著者紹介


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老
Ven. Dr. Chandima Gangodawila

12歳のとき出家。スリランカの国立スリジャヤワルダナプラ大学で学士号(優等学位)を取得。最優秀賞受賞。博士号を取得。
カナダに渡り、ブリティッシュコロンビア大学で4年間、仏教チャプレンを務め、ヴィクトリア大学で教鞭を執る。
現在、欧米、マレーシア、シンガポール、タイ、インド、スリランカの大学や寺院で、講演や法話をおこなう。
日本でもオンライン法話会や瞑想会を開催。
タイ国立マハーチュラロンコーンラージャヴィドゥャ大学発行『国際仏教ジャーナル誌』の英語エディター。

◎ブログ:Paṭisota ▸ https://patisota.blogspot.com
◎法 話:Youtube Channel ▸ https://www.youtube.com/patisota
オンライン法話会&書籍 ▸ https://sukhi-hotu.blogspot.com/2019/07/ven-chandima.html



正見〈正しい見方:Sammā Diṭṭhi〉
ありのままに見る智慧―八正道 ① 




2024/01/05

地震の中で産声:能登半島大震災

小さな手

「大変な時に無事に生まれてきてくれてありがとう。強い子に育ってほしい」

地震が発生したのは、陣痛が起きてから約2時間後だった。

能登の患者受け入れ:能登半島大震災

断水で透析できず

多量の水が必要となる人工透析を受ける能登七尾市の患者さんを受け入れ、治療とケアが行われる。

安穏でありますように

クリックすると画像が拡大します
出典:北國新聞 2023/01/04

2024/01/04

心寄せて支え合う:能登半島大震災

おにぎり「ありがたい」

「食料が十分にいきわたるまでは生き抜くことを考えてほしい」との気持ちで、備蓄米を使ったおにぎりの炊き出しが行なわれました。

安穏でありますように


クリックすると画像が拡大します
出典:北國新聞 2023/01/04

物資が速く届きますように:能登半島大震災

「水足りない」「薬ほしい」

”水が足りないし、子どもにはミルクがなく、高齢者には薬がない”

必要なものが、必要な人の手に届きますように……

苦しみがなくなりますように……


能登半島地震

2024/01/03

苦しみがなくなりますように:能登半島大震災


とにかく、苦しみがなくなりますように……
2024/01/01 能登半島地震

クリックすると画像が拡大します
出典:北國新聞 2023/01/03

2023/12/23

自分と他者のまもり方『セルフケア: ブッダが教えた〈心〉と〈言葉〉と〈身体〉のととのえ方』より


ブッダが教えた「自分と他者のまもり方」


みなさんは日々、自分を大事にまもっていることと思います。


ケガをすれば手当てをし、病気になればクスリを飲み、お腹が空けば何かを食べ、疲れたら休むなど、自分を大事にまもっているでしょう。ケガをしたまま、のどが渇いたまま、お腹がすいたまま、何日もほったらかしにしている方はいらっしゃらないと思います。


また、家族や財産も大事にまもっているでしょう。家の玄関にカギをかけたり防犯カメラをつけたりなど対策をしっかりとっているのではないでしょうか。


このように、人はさまざまなかたちで自分自身や家族、財産などをまもっています。

でも、それで十分でしょうか? 何か忘れているものがありませんか?

「心」はまもっているでしょうか? 「思考」はどうでしょうか?


ある日、ブッダは「自己を真にまもるとはどのようなことか」、また「自己をまもっているかどうかを見分ける方法」について説かれました。



ご紹介する経典は、「Attarakkhita Sutta(アッタラッキタ・スッタ)」です。

Atta(アッタ)とは「私」や「自己」という意味、rakkhita(ラッキタ)とは「まもられている」という意味で、合わせて「自己がまもられている」という意味になります。


「自己をまもる」とは一般的に、内と外から生じうる危険、危害をもたらす関係や状況など、さまざまなトラブルから自己をまもるということです。


まもることができたら、次に安全を保つ必要があります。
安全とは何でしょうか?


ひとつは身体の安全です。なかでも健康ですね。私たちはみな身体を持っています。身体を持っているかぎり病気になることは免れませんが、それでもできるかぎり健康を保つようケアをし、メインテナンスをすることが必要なのです。


ブッダは『ダンマパダ(Dhammapada)』において、

「健康は最上の利得である」
(Ārogyaparamā lābhā)

と説かれました。


利得には、お金や財産、繁栄、成功、地位などいろいろなものがありますが、どんな利得よりも健康が最高の利得である、とブッダはおっしゃっています。

健康であるからこそ、私たちは元気に活動したり、働いたり、善い行為をしたりすることができるのです。


それから、「身体」や「財産」をまもることより大切なのは、「心」をまもることです。「心」をまもることは、ほかの何をまもることよりも遥かに大切なことなのです。


『セルフケア:ブッダが教えた〈心〉と〈言葉〉と〈身体〉のととのえ方』
「はじめに:ブッダが教えた 自分と他者のまもり方」より

 




2023/12/20

五欲への執着を戒める"戒と律"「自由への突破口③-1」

 

すべての感覚を戒めるべきか?「自由への突破口②-4」からの続き


執着(束縛)には4種あります。

・欲(五欲)への執着(欲取)kāmupādānaṃ

・見解への執着(見取)diṭṭhupādānaṃ

・儀式・儀礼・行等への執着(戒禁取)sīlabbatupādānaṃ

・我論への執着(我論取)attavādupādānaṃ

2023/12/16

原因と結果の法則を理解する『喜び〈Mudita〉ー 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる: 嫉妬の手放し方 』より

 

嫉妬への対処法


業(kamma)


どのように嫉妬に対処することができるのでしょうか?


たとえば、同じ時期に入社した同僚が自分よりも先に出世すると、こころに嫉妬がわき起こります。「あー、自分は成功していない」とか「自分には能力がない」と考えて、相手にたいして嫉妬を感じるのです。


このとき、こころの中でフォーカスしているのは何でしょうか?


「自分には能力がない」「あの人はできるのに自分はできない」といったことです。




ここで私たちがすべきことは、視点を変えることです。「自分にはない」「自分はできない」と見ることから、「あの人はこれまでの人生、あるいは過去世で努力してきた。だから、いまその結果を得ている」と理解することです。


たとえば友人が昇進により収入がアップし、新しい車や新しい家を購入したのを見たとしましょう。嫉妬の強い人はたいていすぐに自分と比較して、「うらやましい。自分も欲しい。なんで自分にはないのか」という気持ちになります。


こころには「比較する」という働きがあります。誰かが幸せなのを見ると、「なんで自分は持っていないのか」「なんで自分にはないのか」と比べて、「自分は持っていない」「自分にはない」と嫉妬してしまうのです。


そこで、業の法則にあてはめて正しく理解するようにしてください。「この人はこれまで頑張って努力してきた。その結果をいま受けている」と理解するのです。正しく理解できれば、こころは落ち着いていくでしょう。


このように「原因と結果の法則」を観て理解することにより、嫉妬を克服することができるのです。


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老


「第5章 嫉妬への3つの対処法
 業(kamma)を理解する」より

『喜び〈Muditā〉― 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる:嫉妬の手放しの方』