2018/12/27

善悪とは?④-1


為は完成できる」 の続き



功徳から善への進み方


ここで、皆様にちょっと勉強することがあります。

私が教えなくても、皆様は功徳とは何かということを知っているでしょう。

たとえば、教会ではミサが終わるとだいたいみんな寄付をします。その寄付金は教会の維持管理だけではなく、いろいろなボランティア活動に使ったりします。あるいは目が見えない人を助けるためや、恵まれない人を助けるため、また孤児院などどこかの施設の維持管理のために使ったりします。

日本の子供たちも、路上で募金活動をしているのを見かけます。ああいうのは功徳行為なんです。

でも、これって、いくらやってもやりきれません。

ですから、「功徳」を「善」になるようにしなければなりません。パーリ語でいうと、「プンニャ(puñña)」を「クサラ(kusala)」に変えなくてはいけないのです。

このプンニャをクサラに変える方法を、これから説明いたしましょう。

2018/12/22

慈悲の瞑想


慈悲の瞑想


「生きとし生けるものが幸せでありますように」
そう心から願うとき、心は幸せで穏やかになります。
ブッダは「慈経」で、「立っているときも、歩いているときも、座っているときも、横になっているときも、眠っていないかぎりは、常に慈悲の念を起こしてください」と説いています。
慈しみを実践するのに、時や場所、状況は選びません。朝、目が覚めてから、夜、眠りにつくまで、常に慈しみを保ち、慈しみが性格になるまで実践するよう、すすめられています。
このように慈しみを保つことで、「自」と「他」の壁が壊れ、そこにこの上ない安穏な世界があらわれるのです。

「慈しみ」は幸せへの鍵 | Close-Up! この一冊 | 
web春秋はるとあき 2018.11.16より