2023/11/18

よく聴く:善い習慣『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』

 

4. 助言を求め、よく聴くこと(suvaco)


「スワチョー(suvaco)」とは何でしょうか?


適切な人にたいして心をひらき、指導やアドバイスを求めることができること、
また人の話をよく聴き、アドバイスされやすく、教わりやすい性格でいることです。


みなさんは、自分はすでに完璧で、他人からの指導やアドバイスは必要ないと思っていませんか? そのように考えていませんか?

それは、よいメンタリティではありません。




とはいえ、誰からでも指導を受ければいいというものでもありません。

受ける人に気をつけることも大切です。

愚かな人からではなく、善い人から指導を受けることが大切なのです。このことを知っておくとよいでしょう。


ブッダは、こうおっしゃっています。

適切な人に助言やアドバイスを求めるなら、多くのことが学べます。あなたが何か間違ったことをしたときには、それを指摘し、教えてくれるでしょう、と。


これは、人が成長するうえで欠かせないことです。

なぜなら人は誰でも不完全なのだから――。ダメなところや弱いところ、短所、欠点などがいろいろあり、それを直していくことこそ、人がすべきことなのです。


『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』
「15の善習慣 :4. 助言を求め、よく聴くこと(suvaco)
より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)






2023/11/12

渇愛によって執着が生まれる「自由への突破口①-6」


仏教的ビッグバン「自由への突破口①-5」からの続き


渇愛によって執着が起こる


渇愛が生じると、執着( upādāna )が生じます。

これです。これが束縛なんです。もう逃げられません。渇愛から、執着が生まれます。これが今回のテーマとなるところです。

2023/11/09

仏教的ビッグバン「自由への突破口①-5」

  

生きるとは休みのない作業「自由への突破口①-4」からの続き


3種類の渇愛


渇愛を分析すると、三種類になります。

一番目は、物が欲しいという渇き。「眼耳鼻舌身意」に触れる「色声香味触法」を欲しがることです。この渇きは消えません。

2023/11/04

こころの能力を磨く:善い習慣『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』

    

1. 能力がある(sakko)


どんな習慣であれ、善い習慣を身につけるためには、チャレンジが欠かせません。努力が必要なのです。


でも、感情がどうしても先立ってしまい、感情に負けてしまうことが多々あります。


たとえば、「怒ることはよくない、誰にたいしても慈しみで接したほうがいい」ということは、みなさんよくご存じだと思います。


でも、実際に何かイヤなことがあったとき、腹が立ち、怒りをそのまま言葉や行動に表わしていませんか?


嫉妬することはよくないことだと知っていますが、実際に嫉妬がわき起こったとき、嫉妬にとらわれ、嫉妬から脱け出せなくなることがありませんか?

そこなのです。


慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉


そこで、私たちがすべきことは、苦しみをもたらす感情から離れるようチャレンジすることです。


瞑想しているときだけでなく、職場にいるときでも、家庭にいるときでも、どこにいるときでも、日常生活のなかで感情が生じたとき、それにすぐに気づき、観察して、とらわれないようにするのです。


心を清らかにするためには、精進(viriya)が欠かせません。

もし精進せず、実践もしなければ、いくら仏教を学んでも、学問としての知識に留まるだけでしょう。

学んだことを実生活に活かすことはできません。


知識を得るだけで実践しなければ、現実の生き方が改善することはなく、向上することもありません。

机上の学問は、現実の人生ではないのですから――。


したがって、日々、慈悲を実践し、育てる努力をすることは、欠かせないことなのです。


では、「慈悲喜捨」とはどのようなものかを簡単にご説明しましょう。


『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』
「15の善習慣 1. 能力がある(sakko)
より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)






2023/11/02

生きるとは休みのない作業「自由への突破口①-4」

 

こころ(意)に触れるもの「自由への突破口①-3」からの続き


「触」によって、「受」が起こる


触れたら、次に感じます。これを因果法則で「触によって、受が起こる」と言っています。

「受」とは感覚のことです。眼で感じ、耳で感じ、鼻で感じ、舌で感じ、身体で感じます。わかりやすいですね。感じることをパーリ語で〝vedanā〞と言います。

2023/10/29

平等に見るこころ(ウペッカー)

 

捨(upekkhā:ウペッカー)


最後は「捨(ウペッカー)」です。


ウペッカーとは、どんな人に出会っても、どんな困難な状況に陥っても、理解し、落ち着いていられる平静なこころのことです。


『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』 幸せをつくる15の善習慣「捨(upekkhā:ウペッカー)」


どんな生命も、「幸せになりたい、安心して楽しく暮らしたい」と願っています。「不幸になりたい、苦しみたい、嫌われたい」と望んでいる生命はいません。


その観点から見れば、生命はみな同じです。


平等なのです。


このことが理解できれば、たとえ苦手な人(生命)がいたとしても、
「この人も自分と同じように幸せを望んでいる」と考えて、落ち着いていることができるでしょう。


嫌悪感はもう生まれません。


この、「みなを平等に観て、落ち着いているこころ」がウペッカーなのです。


『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』
幸せをつくる15の善習慣「捨(upekkhā:ウペッカー)
より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)






2023/10/25

こころ(意)に触れるもの「自由への突破口①-3」

 

身体に触れるもの(phassa)「自由への突破口①-2」からの続き


・意に法が触れる


五感で知るものは決まっています。色声香味触だけです。

でも、私たちに触れるものはそれだけでしょうか?

過去のことを思い出したり、将来のことを考えたり、怒りや嫉妬、憎しみを感じたり、そういうものは何でしょうか?

2023/10/22

善い習慣が善い性格をつくる――幸せをつくる15の善習慣(第1章)より

 

習慣は、ある意味、危険なものでもあります。

よい習慣ならいいのですが、悪い習慣の場合には、さまざまな問題を引き起こします。

というのも、人は楽なほうへ楽なほうへ流されやすいのだから――

ほうっておけば悪い習慣に支配され、苦しみが増大するでしょう。

それで人生は閉ざされてしまうのです。



仏教は人々に、善い習慣を身につけるよう教えています。それによって生き方が調和し、人生がひらけてくるのです。


本章でお話するのは、ブッダが教えた「善い習慣」です。ブッダは善い習慣について具体的に説かれました。

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そこで、この善い習慣を新しく身につけるためには、こつこつ取り組んでいくことがカギになります。


悪いクセが心にしみついている方は、もしかすると身につけるのに時間がかかるかもしれません。

しかし、これは苦労してでも育てる価値があるものです。

人生を幸せにし、悩み苦しみをなくしたければ、善い習慣を身につけることは欠かせないことなのです。


それでは、これから「15の善い習慣」とはどのようなものか、ひとつずつ学んでいきましょう。


『慈経に学ぶ〈15の善習慣〉と〈10の善行為〉』
第1章 幸せをつくる15の善習慣「善い習慣が善い性格をつくる
より

チャンディマ・ガンゴダウィラ長老(著)






2023/10/18

身体に触れるもの(phassa)「自由への突破口①-2」

 

自由 vs.執着自由への突破口①-1からの続き


・Phassa(触)


Phassa(パッサ)は「触れる」という意味です。
「眼・耳・鼻・舌・身・意」の六根に、「色・声・香・味・触・法」が触れます。


前の説明では「意」と「法」が抜けて、五つの感覚器官と対象でした。
これから六つの感覚器官とその対象について説明しましょう。


2023/10/15

人は皆それぞれ ~長所を活かす『喜び〈Muditā〉― 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる:嫉妬の手放しの方』より

 

嫉妬への対処法

人は皆それぞれ ~長所を活かす


嫉妬に対処するために、「人はみな違う」と理解することも役に立ちます。

人はみなそれぞれです。たとえばピアノを弾くのが上手な人がいるとしましょう。
その人はその分野では確かに優れているかもしれません。でも、他の分野ではどうでしょうか?


実際のところ、誰でも「得意なこと」と「苦手なこと」があるものです。
長所もあり、短所もあるのです。
ですから人の一面だけを見て嫉妬したり、ねたんだり、あるいは「なんで自分はダメなのか」と落ち込んだりすることはナンセンスです。




あなたには他人にはない優れたところがあるはずです。

「自分の持ち味はなんだろうか?」「得意なことはなんだろうか?」と考えてみてください。
それを見いだし、活かしていくのです。

そうすればモチベーションが高まり、よい結果が得られるでしょう。

自分の得意なことですから、楽しくできますし、ストレスはほとんどかかりません。

他人と比べることもなくなり、嫉妬も生まれなくなるのです。


地位、才能、容姿、学歴、収入など、社会には嫉妬が生まれるきっかけがいろいろあります。

そこで、「人は人、自分は自分」と考えて、人と自分とを比べないようにしてください。
そうすれば嫉妬は起こらないでしょう。


たとえ嫉妬が生まれたとしても、「人は皆それぞれだ。自分の得意なことを活かそう」と理解して、自分の長所や強みを認められれば、嫉妬は消えていき、嫉妬の感情にうまく対応することができるでしょう。


チャンディマ・ガンゴダウィラ長老


「第5章 嫉妬への3つの対処法
 人は皆それぞれ ―長所を活かす」より

『喜び〈Muditā〉― 他人の幸せを喜ぶ人は幸せになる:嫉妬の手放しの方』